
John Prine



Edinburgh
ジョン・プライン
6月24日
ジョン・プラインがエジンバラにやってきた。
2年前には同じくエジンバラのアッシャー・ホールでのライブだったのが、今回はクィーンズ・ホールという
僅か500人余りを収容する元教会だった実に小さな会場である。
チケット獲得はオンラインでの情報をいち早くキャッチしたクリス君が発売日当日にBOXオフィースまで買いに行こうと提案した。2人してBOXオフィースを訪れ、席を確保。
何と最前列が獲れたのだ。
最前列・・・・凄いなぁ。
hirokoが今迄体験したライブの最前列といえば・・・大阪フェスティバル・ホールでのアート・ガーファンクルが唯一の体験だった。
全く久しぶりの最前列だ。
さて、hirokoはこのジョン・プラインに関してはあまり詳しい方ではないが、ただボブ・ディランやスティーブ・アールなんぞを聞いている人にとって、自然と流れでその名を知ったことになるカントリー・フォーク・シンガソングライターである。
ボニー・レイットのために書いた「Angel from Montgomery」で始めてジョン・プラインというソングライターを知った。
しっとりと歌い上げる素晴らしい曲である。
元来、電気音楽嗜好のhirokoではあるが、どうも最近になって、アコースティック・サウンドの歌詞重視のものも多く聞き入れるようになってきた。
歳のせいだろうか・・・
彼は1946年のイリノイ州はメイウッドで生を受ける。
祖父もカントリーの音楽家で、1970年代始めより、シカゴをベースに活動を始めたということだ。
彼はポストマンだったことも有名なお話だ。
1992年にグラミーノコンテンポラリー・フォーク部門で「The Missing Years」が受賞。
70年代に活動していたミュージシャンの多くはドラッグやアルコールで早くに亡くなってしまったり、身体に支障をきたしているミュージシャンがそれはそれは多いのだが、御多分に漏れず彼もアルコール中毒からの帰還者である。
2年前のアッシャーホールではアバディーンからマイケル夫妻やロナとボーイフレンドがかけつけたのだが、今回はOFFがとれなくて止むを得ず断念した。
6時半の開場でhirokoとクリスはひとまずBarで喉を鳴らす。
シート席でしかも飲み物をBARから持ち込んでもOKというのだから有難い。
前座はグラスゴーからの新進シンガーソングライター。
彼の演奏が30分ほどで、昨夜のグラスゴーでのボブディランのコンサートでかなりハイになっているようだ。
9時を10分ほど廻った時点でステージにジョン・プラインは現れた。
黒のジャケットに黒のジーンズ。
ベーシストとギタリストの3人構成だ。
ジョンはとっぷりと太って、突き出た腹の上でギターを弾いているという感じだ。
厳しそうな渋い顔の割ににこやかな笑顔のコントラストが可愛いおっちゃんという姿。
ダミ声に近い深く重みのある声で、しっとりと歌うカントリー・フォーク。
なかなかいいもんである。
こういう歌詞を尊重するシンガーソングライターの場合は、日本人のhirokoにとってはかなりしんどいものがある。
それに合間の語りとて、じっくりとダンボの耳となって集中力が必要だ。
一昔前なら、全く理解できなかった場面がさすがに8年も英語圏にいることで、随分と進歩したもんだと自分でも感心していた。
皆が笑うところで、自分も笑えるというのがとっても嬉しい。
That's The Way That The World Goes Roundの途中で彼自身の語りに入る。
この歌詞の中に「Half inchies of water」というのがあるが、これにまつわる可笑しな話を聞かせてくれる。
彼がまだ若かった頃、シカゴのラジオステーションから流れるカントリーソングの放送をいつも楽しみに聞いていた。
特に際立った歌詞なんかを聞くとメモをとったりして、この頃から曲を作っていた。
あるお気に入りになった曲がかかり、「Don't forget a グランブリー・ビーンズ」と聞こえてきた訳だ。
「わぉー!何なんだ?これは?きっと新しい世界へ行けば売っているお豆なんだ・・・いつかこのグランベリービーンズを・・・」と感動していた。
そのうちに其の曲がヒットチャートの第一位になり、ニューススタンドで雑誌を買って、その歌詞をみた。
すると今迄ずっとグランベリービーンズだと思っていた個所が「Don't foget to promise to me」だった。
目からウロコが落ちた・・・・
でもグランベリービーンズの方がよっぽどいいんだ!
という所で観客から大きな拍手が沸き起こる。
同じようにサンフランシスコのとあるレストランで、ウエイトレスの女性から声をかけられた。
はーい!ジョン!
ねぇ、私の為に歌って!それを聞くと、とっても気分がよくなる歌があるのよ。
へぇ、何だい?
Happy Enchiladaよ!
えっ?何だいそれは?
この曲を聞くとすごく幸せな気分になるのよ。
おいおい!料理や食べ物のことばかりを歌っている歌手がいるだろ?そいつと間違えてるんだろ?
いいえ!あなたよ!ジョン!
知らないなぁ・・・なぁ、歌ってみてくれないか?
「幸せなインチラダァー!・・・・・」
でもって、この歌詞が「Half inchies of water」だったのだ。
観客は再び大きな拍手。
そしてジョンは歌い出す。
この歌詞の部分をHappy Enchiladaに直して。
観客はもう大喜びである。
*Enchiladaとはメキシカン料理の1つである。
しかしまぁ、英語を喋る人間がこうなんだから、我々日本人が洋楽の曲の歌詞を覚える時はめたくそもいいところである。
特に中学時代あたりの英語力ではカタカナ英語で耳に入るまんまの英語の歌詞になる。
まさに「ホッタイモ・イジルナ!」What time is it now?のジョン万次郎の世界である。
hirokoも中学時代は洋楽に狂っていた。狂いながら歌も歌う。
当然のこと乍ら歌詞なんぞはジョン万次郎である。
今でもしっかり覚えているのは、サイモン&ガーファンクルの「スカボロフェアー」である。
この歌詞の中に・・・「パセリ、セージ、ローズマリー アンド、タイム」とある。
今でこそ、これらが西洋の香辛料であるハーブだとわかるのだが、そうでなくとも脳味噌が人より少なかったhirokoにわかるはずもないし、だいたいそんな洒落たハーブを使った料理が我家の食卓にあがることはなかったのだ。
そのスカボロフェアーのギターは素晴らしいものだった。
こいつを必死で練習した。
練習しながら聞き取った英語で歌うのだ。
「ぱせせろめりあたぁー」
「パセリ、セージ、ローズマリー アンド、タイム」が「ぱせせろめりあたぁー」と、なるのである。
これはきっと何かの呪文なんだ!と確信していたのだ。
何せ曲自体が何かこう幻想的な感じがしたのだから、仕方がない。
ずっと「ぱせせろめりあたぁー」でもって、大学に入りクラブで、何かのきっかけでこのスカボロフェアーの歌詞に触れたのだ。
「パセリ、セージ、ローズマリー、アンド、タイム」・・・・・!!!!!
穴があったら、もぐらになって遠分、冬眠していたいような心境だった。
・・・とまぁジョン万次郎ごとき思い違いはスカボロフェアーだけには留まらなく、いろいろ存在していたが強烈に残っている思い違いがこれだった。
恥ずかしくも楽しい思い出である。
ステージは前半を3人構成、そしてジョンの1人の弾き語り、そして再び3人構成となり、時計は11時に届こうとしていた。
普通ならばあともう1ー2曲はあるだろうアンコールが時間制限で11時きっかりに終わってしまった。
ジョン本人としてはまだやりたかったみたいである。
ステージと観客の距離の近いコンサートというのはとっても楽しいものがある。
アットホームで温かい彼の人柄が伝わってくる柔らかい大人のコンサートだった.
Set List
1.Spanish Pipedream
2.Your Flag Decal Won't Get You Into Heaven Anymore
3.Speed Of The Sound Of Loneliness
4.Souvenirs
5.Fish And Whistle
6.Picture Show
7.I'm Just Gettin' By
8.All The Best
9.Angel From Montgomery
10.Long Monday
11.Bruised Orange (Chain Of Sorrow)
12.Bottomless Lake
13.Dear Abby
14.That's The Way That The World Goes 'Round
15.Sam Stone
16.Bear Creek
17.That's Alright By Me
18.Ain't Hurtin' Nobody
19.Sins Of Memphisto
20.Hello In There
21.Lake Marie
22.Sweet Revenge
23.People Puttin' People Down