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| ウィークエンドはシャンゼリゼ |
プロローグ6月に待望の里帰りを終えたChis&hirokoにはまだ消化しないといけない有給休暇が1週間残っていた。
これといった夏らしい夏も味わえないまま7月8月を過ごしたこの9月に残っている休暇中、アバディーンでじっとしていられるわけなどない。
・・・とは言え日本で散財してきた身。財布の中身は全く乏しいときたもんだ。だがそんな時クリス君が「今日旅行会社のウインドーを覗いたらパリ往復£129てぇーのを見つけたぞ!」なんてことを言いながらいそいそと帰ってきた。
「なぁ、1週間もアバディーンでボソボソと休暇なんてつまんねぇーじゃないか!ブレイクが必要だよ!2泊だけでもさ、行こうぜ!結婚1周年記念も兼ねてさ!」
8月末に結婚1周年を迎えた二人にとっての記念旅行ってな名目で急遽パリへとロマンチックな休暇とあいなったのである。9月18日土曜日に出発して、19日(日曜)、20日(月)のたった3日ではあるが・・・職場へ月曜のOFFを届けると、「hiroko!このあいだ日本へ行ってきたとこじゃない!」などと鋭い視線を浴びるのだが、「結婚1周年の記念旅行なんや!」などと話すと事態は一変する。
「まぁ、なんてロマンチックなの?ステキ!思いやりのあるハズバンドよねぇ。ねぇ、ねぇ、ねぇ?」と、ウエイトレス達の羨望のまなざしだ。
安くて近場というクリス君の財布の事情を知らぬ彼女達。hirokoにとってもパリというガラではない。
だが、少なくともこのラ・ボーン・バゲットに働く女性達にとって「パリ」という場所はロマンチックで恋人と一度は訪れてみたい魅力的な街なのだろう。
オーナーのアンまで加わって、「素晴らしいじゃない!パリは私の一番好きなところよ!シャンゼリゼ通りに安くて美味しいビストロがあるから是非に行ってらっしゃい!」と言いながらメモをくれ、マネージャーのニッキーは「hiroko、あなたフランス語は大丈夫なの?私とってもいいフレーズブックをもっているから貸してあげるわね」と、後日フレーズブックまで借りてしまった。「フランス語かぁ・・・・あかんわ!」hirokoはとんと出来ない。
だが、クリス君が少々たしなみがあるってことで、ここはもう金魚の糞である。
しっかりと付いていくしかあるまい。
「ボンジュール!マドモアゼル!」と、遅れ馳せながら重要単語だけをピックアプし、即席の脳みそに詰めこむhirokoであった。9月18日
アバディーン空港からパリへとダイレクトで飛ぶ便などない。
一旦、ロンドンを経由してパリまで飛ぶことになる。
この格安航空券はKLM・UKでもってロンドンはスタンステッド・エアポートへと入り、乗り継いでパリのドゴール空港へと飛び立った。さて、とにかく「パリ」へ行くんだ!ってことで、いつもなら服装にはとんと関心のないhirokoもここはちょいとおめかしなんぞをやってみた。
年に何度履くだろうかのパンプスにコールテンのキュロットスカート、しかも首にはスカーフまで巻いてしまったときたもんだ。
こういう姿もたまにはいい。だが、これが長時間になってくるとどうもいけない。
肩が凝ってくるし、足がガクガクしてしまうのだ。
しばらく経つと、どうも履きなれないパンプスの中で足がうごめいている。じんじんとなり始める。
嫌ぁーな予感を感じながらもドゴール空港へ降り立った。私たちのお宿はオペラ・ガルニエ周辺の別名日本人街とも呼ばれている一画にあるホテル・ボードレイト・オペラだった。経営しているのがブリティッシュなもんで、英語が通じるのが幸いであった。
アバディーンからロンドンまではさっそうとしていたhirokoも履きなれないパンプスでエアポート・バスを降りてからホテルを探し回っているうちにとうとう限界がきてしまった。
だいたいhirokoの世界ではパンプスを履くという行為はお洒落中のお洒落なのである。
ああ、やっぱりスニーカーにすればよかった!と口数がめっきり減りながら、この馬鹿パンプスをとにかく脱ぎたい一心でヒコヒコと歩くのだった。ようやくホテルの部屋に辿りついた。
そそくさと靴を脱いでわめいていた足を休めてやる。
「どーして、そんな履きなれない靴なんか履いてきたんだよぉ!」とクリス君はあきれ返る。
「そやかて、パリやんか!ちいとはお洒落っつうもんをやってもかめへんやろ?そやけど、アホみたいや!」
足のジンジンが和らぐのを待って周辺の散策へと、はたまたパンプスに足を入れこんだ。
この界隈はそれはそいれは多くの日本料理店やすし屋、ラーメン屋などの日本人コミニティーが出来あがっている。「十時や」というコンビニエンスストアーを見つけ、中に入ると、あるわあるわの日本食良品。
hirokoはここがパリであることも、結婚1周年のロマンチックな記念旅行であることもスッコーンと忘れ、食料品を買いあさるおばはんに変身していた。ここからはルーブル美術館へも近く、ひとたび買い物袋を部屋に放り込んで、再び街へと出かけて行く。
パリの夕刻はhirokoから見ればロンドンや東京と大して変わりはない。ただしかし、建築物の素晴らしさはやはりここが芸術の町であることの証明だろう。
さぁて、hirokoの足がまたまたうずき出してきた。
痛くてしょうがない。
クリス君はズンズンとそんな足事情も知らずにひたすら歩く。
ついに我慢しきれなくなったhirokoはとうとうしゃがみこんで「もうあかん!もう歩けへんで!」とダダをこねていた。
「どーしたんだ?痛いの?足?」と、心配そうにクリス君は言うが内心あきれ返っているのがズンズンと伝わってくる。だがこればかりはしょうがない。
今にもパンプスを脱ぎ捨てて、ビーチサンダルにでもスニーカーにでも履き替えたかったが、もうとっくに日が暮れて靴屋も閉まっている。
上はバッチリと決めてお洒落をしているのに、この格好にスニーカーもビーチサンダルもあったもんやない。
全く自分のアホさ加減に涙がちょちょ切れてしまっていた。
「ねぇ、フランス語で、バンソウ膏って何て言うの?」とクリス君に質問する。
クリス君も「うーん「と考え込んでしまうのだった。(フランス語が出来るって言ってたのに・・・たいしたことねぇーな。バンソウ膏も知らんとは!)とhirokoもムカついてくる。
ニッキーから借りてきたフランス語会話フレーズ集のHELPのコーナーにも「足に水ぶくれが出来たのでバンソウ膏
を下さい」なんて例題は載ってはいなかった。
(この本もたいしたことねぇーな!)
パリの町にはやたらと薬局が目立っていたので、とりあえずバンソウ膏で応急措置でもしないことには、明日からどこへも行けない。
ところがこの薬局すら固くシャッターを下ろしていた。「何ってこったい!」で、ブツブツ言いながら、歩く以外に方法は見つからなかったのだ。死に物狂いでたどりついたホテルの部屋に戻り、荷物の中になんとかバンソウ膏がないものかと荷物をひっくり返して探していると、化粧ポーチの中からヨレヨレにはなっていたが、2枚のバンドエイドがにこりと微笑んでいた。
何とも天からのお恵みである。
かかとに大きく出来あがったブヨブヨの水ぶくれにバンドエイドを貼り付けた。
これでとりあえずは応急処置を施して、何とか明日、あさってを乗り切れる!いや!乗り切らねばならんのだ!
と、少々の安堵感を伴いながら、旅行前に読んだとあるガイドブックの・・・・
「普段はスニーカーにT−シャツ姿のラフな格好のあなたも、パリの街はお洒落れをしてパンプスを履いて歩いてみよう!」なぁーんて書いた奴の横っ面にこの馬鹿パンプスを放り投げてやりたいなどと思いながら、十字やで購入したいなり寿司をパクついて、ぐっすりと眠るhirokoだった。
9月19日
パリで目覚める朝。クロアッサンとバケットとカフェオーレの香りがどこからか漂ってくる。
料金が125フランで2日間乗り降り放題というパリ観光バスをタクシー代わりに観光名所をめぐることにした。私達はルーブル美術館から乗り込んでいざ、ノートルダム寺院でストップした。
丁度この時は工事中で素晴らしい寺院の姿が半分ほどシートに包まっている状態であったが、もう既に多くの観光客で広場はごった返していた。
ここには多くの土産物屋がひしめき合うように並んでいて、多くの団体観光客がバスを乗り降りしている。ヴィクトル・ユーゴの名作「ノートルダムのせむし男」の舞台である。まぁノンフィクションの世界であって実在した訳ではないが、イメージ的に暗いものを抱いていたhirokoは、華やかな土産物屋や観光客の混雑で、ちょっぴりがっくりとはきたが、セーヌ川を挟んで眺める寺院の美しさは目を見張るものがあった。カジモトが狂ったように打ち鳴らす鐘の音が聞こえないのが残念だが。バスは20分間隔あたりでやってくる。再びバスに乗り込んでオルセー美術館前で降りた。
パリといえば美術館に博物館の宝庫である。ルーブル美術館を先頭に、オルセー、オランジュリー、ピカソ、モロー、マルモッタン、国立近代美術館に、ロダン美術館等など・・・
ここまで来て美術館の1つも見ないで帰るわけにはいかない。
かと言ってたった2日の滞在でルーブルなんてとんでもない。日曜日のルーブル美術館であるからして、「モナリザ」に辿りつくまでに日が暮れる可能性もある。
hirokoの個人的嗜好では、モネの睡蓮が見たかったのでオランジュリーへと行きたかったがここは諦めも肝心だ。パリで絵画をはしごしようものならば、せめて1週間は滞在しないと無理も無理な話である。さて、このオルセー美術館に到着すると、何ともラッキーなことに「ドン・ヴァン・ゴッホ展」がちょうど昨日から開催されたところだった。
おお!何ともラッキー!こんなチャンスはめったにないぞ!で、早速入場料を払いゆっくりと時間をかけてこの駅を改装して作られた近代的な美術館に足を踏み入れた。
ルーブルが古代から〜1858年、そしてこのオルセーが1858年〜1915年そして国立近代美術館が1915年〜ということで各時代をカバーする3大美術館の1つである。
館内は素晴らしくガラス張りの天井から差し込む自然の光がふんだんに利用されている。
モネ、マネ、セザンヌという珠品を駆け足で見終えた二人はゴッホ展の長いキューに加わった。
ゴッホの生涯は最後は悲惨なものだったが、彼の弟の努力のおかげで今の世に残る貴重で素晴らしい絵画が残されている。
名作「ひまわり」の前に立ち尽くし、耳を失った彼の肖像画に圧倒された。しばらくじっと彼の生涯を辿りながら、残していった絵画の数々を鑑賞した。
この美術館の中にはカフェやセルフサービスのサンドイッチなどの軽食が摂れる空間があり、遅い朝食をしばしの休憩をとるつもりで、腰を休めることにした。
ハムしか挟まっていないバゲットとカフェオーレを注文した。
ただのハムしか挟んでいないし、バターすら塗られていない。ところが、こんなに美味しいバゲットを今まで食べたことはない。
やはりここはフランスだ。フランスパンのフランスなんである。
何もぐちょぐちょと具やバターすら塗らずとも、バゲット自体だけでも十分美味しいのだ。
ちょいとした発見だった。
オルセー美術館を後に、再びバスに乗り込んで凱旋門が聳え立つシャルル・ドゴール広場へと向かった。パリの街は実に分かりやすい。この凱旋門を背に両サイドに広がるのはシャンゼリゼ通り、そしてさらにまっすぐ進めば、コンコルド広場へと出て来る。そしてそれをさらにまっすぐ行けばルーブル美術館へと繋がり、右斜め方向に進めばノートルダム寺院へと出てくる。どんな方向音痴であってもこれだけの名所をまっすぐ歩くだけで到達できるというのは実に有難い。さて、この凱旋門はナポレオンの命によって建設が進められ、残念無念にも彼の生存中には完成の日の目を見ずして彼は息を引き取ったのではあるが、皮肉なことに彼の死後、この門を遺体となってくぐったわけである。この門の壁には戦争に参加した600名あまりの将軍の名が記されている。
エレベーターで途中まで上がり、さらに階段を上り詰めると天辺にたどりつく。放射線状に美しく広がる通りの様子が伺える。ゆったりとした広いシャンゼリゼ通りはさすがの人だかりである。ここを歩いているとそれはそれは様々な民族大集合って感じである。カメラとビデオカメラをぶる下げたご存知日本人を筆頭に黒人、アメリカ人、イタリア人、etc・・・歩道にはいろんなカフェがテラスを張り、おしゃれな店が並んでいる。うーん。パリにいるぞ!って実感だ。職場のアンから教えてもらったビストロ・ロメインを見つけることは簡単だった。外に設けられているテラスの方には長いキューイングが出来あがっていたが、店内の方には空席がまだまだある。フランスでは同じコーヒーを飲むにしても店の中で飲むのと、こうした外のテラスで飲むのとでは料金に差が出てくる。勿論テラスの方が断然高くなる。キューを見ながら急がされて食べるよりは店内でゆっくりと時間をかけて食べたいものである。せっかくのシャンゼリゼ通りにいるんだから・・・と、二人は迷わず店内へ入っていった。このビストロはチェーン店で、各地に点在している。昼食は何と149.90フランでもって前菜が10、メインコースが10、デザートが10通りの中から自由に好きなものを選べるシステムであった。昼食といえども、しっかりとボリュームもあり、しかも美味しいときている。さすが、うちの店のオーナーのアン女史のお勧めであると、拍手を送りたい心境だった。この値段にしてこのロケーション、店内はとにかく豪華な内装で、フランス料理をいっぱしにパリに来て食ってるぞって優雅な気分にさせてくれた。
トロカデロ、そしてエッフェル塔へと向かう途中に、バスはあの衝撃の大事件、ダイアナ王妃が亡くなった有名なトンネルのあるアルマ橋にさしかかった。「こんな異国の地で亡くなってしまったんだ・・・」と心の中で手を合わせながら冥福を祈っていた。エッフェル塔は日曜日ともあって、物凄い人だかりでタワーに登る入り口には長い長いキューがくねくねと蛇のように連なっていた。この塔を模して建てられたのが東京タワーだ。里帰りで、東京タワーに登って来た二人は「もういいか!」ってなもんで、キューには加わらず、のんびりとその美しい姿をカメラに収めていた。
すっかりとパリの街は夕日に包み込まれている。
おのぼりさん1日観光はとっても中身の濃い有意義なものだった。
芸術のパリ。街の所々でキラリと光る建物の美しさ、近代と古代が入り混じったとても美しい街である。
一番気に入ったのはやはりオルセー美術館だった。今度はもっともっと時間をとって、まさしく美術館三昧といきたいものである。
宿に戻る途中のjapanese通りでラーメン屋の美味そうな醤油の匂いに誘われて、ヒグマというラーメン屋に入っていった。ギョウザとラーメンに舌鼓を打って、ホテルへと戻った。
パリの夜は静かに暮れていった。9月20日
フライトが夕刻なので朝は幾分ゆっくり出来た。
荷物をまとめてフロントで預かってもらい、朝食と摂りにオペラ・ガルニエへと出かけて行く。
プワーンとどこからかカフェオーレのまろやかな香りと焼きたてパンの香ばしそうな香りが鼻先に漂ってくる。
1軒のカフェに入り、暖かいクロワサンとカフェオーレで優雅な朝食。この界隈のお店はどこもブランド品の数々を並べる超高級品店である。まったくhirokoとは縁のないところだ。
だが、ここを歩いているだけでリッチな奥様気分になる。おほほのほである。映画館や劇場も並んでいる。
オペラ座はいまやバレエ主体となっているそうだ。ここがAIRバスの発着所ともあって、いろんな人種が歩いているところだ。ここを下がって行くと、まるでギリシャ神殿のようなマドレーヌ寺院に出てくる。
サントレノ通りを東へ進むとルーブルに出てきた。
もと王宮であったパレ・ロワイヤルは、もともとはルイ14世の弟であるオルレアン公が住んでいたのだが、当時は建物の中は貴族や金持ちしか入ることは出来なかったが、庭園だけは一般に開け広げていたそうだ。
ところがこのオルレアン公が借金をこしらえ、それが返済できず、この庭園内にショッピングセンターを作ってしまった。その名残が今でもぽつぽつとこの庭園内で営業している。
中庭は見事で入る価値はある。
当時はそれはそれは華やかだったのだろうなぁ。と、ひっそりとした廊下を歩いていた。パリに別れを告げるときがやってきた。
荷物をピックアップして、Airバスに乗り込んでドゴール空港へと向かった。
行きはガラガラだった小さなキャスター付きのケースも日本食料品で満杯だ。
心配した足の方もバンソウ膏という救いの女神のおかげで何とか2日間を無事に乗り切ることが出来た。
どっさりと日本の食料品もし入れたし、クリス君はクリス君で免税店でゲーム・ボーイを購入してご満悦である。
一体二人は何しに来たんや?
素晴らしい週末のブレイクだった。
また戻ってきたい。だが、勿論今度はしっかりとスニーカーを履いてだ!